おいらは、とりあえず今日からこの家でこの男と暮らすことになった。この男とは「とりあえず」が口癖で、取引先の紹介でとりあえず付き合いと勢いで、”アプリを押すと鳴く”という不思議な鳩時計を衝動買いしてしまった男だ。おかげで、本日を以っておいらの夢は潰えた。そう、おいらの夢とは、かわいい女の子に買(飼)われて、いい匂いのする部屋でふわふわと暮らすことだったが、まあ仕方がない、現実とはそんなものだ。
さて、この『とりあえず男』だが、(おいらの聞きかじった限りでは)40代半ばの食品会社営業マンで独身。また数年前に両親は他界し、身内には結婚している妹が広島に一人いるだけだ。でも、兄のプライドとして「妹になんか押せない」らしい。つまるところ、この男は今押す相手もいないのだ。それなのに何故に買ったのか、そこが『とりあえず男』と呼ばれる所以なのである。
そして、この『とりあえず男』は、とりあえずおいらをテーブルに置いて、とりあえずおいらを『ハトコ』と呼んでくる。おいらも一見するとかわいこちゃんふうの鳩だから、そう呼ばれても無理はない。だが、実はおいらは男なのである。少なくとも、おいらの心は男である。が、しかし、そもそも鳩時計の鳩に男も女もあるのかって聞かれると、よくわからない。だって、そんなこと普通は考えないし、そんなに暇じゃない。そう日常とは、この男のように「とりあえず」なんとなく生きてゆくものなのだ。
あっ、この『とりあえず男』がとりあえずテレビをつけた。『マリコの知らない世界』というバラエティ番組だ。ヤ、ヤバい、な、なんと今夜は、この番組でおいらが取り上げられるらしい!!そういえば昼間言ってたな、「今話題のこの鳩時計、今夜大人気のマリコの番組にも出ますからね、絶対見てくださいよ~!」って。
そのためか、この「とりあえず男」は、仕事帰りにコンビニのセブン-カナブンに寄って、とりあえず「秋の新作香ばし秋刀魚弁当」と、お気に入りの発泡酒「金ムギュ」を数本買い込んできた。そして、それらでおいらの脇を固め、興味津々といった顔でテレビを見始めた。
「ハトコ、カンパ~イ。o○」と、とりあえず男がおいらに向かって笑顔で言った。こ、こいつ、意外にいいヤツかも・・・、しかも笑顔がかわいい。なんて思った瞬間、電子レンジで温められた秋刀魚弁当の蓋が開けられた。Oh My God!プンプン噎せ返るような焼き魚の匂いに、おいらが夢にまで見たあの‘’いい匂い‘’とは真逆の現実を思い知ったのだった。
「こんばんはー、キヨピコです。今日は“OQTA HATO”という、世にも珍しい鳩時計を紹介しにやってきました!」と、発明者キヨピコがマリコ・リラックスに向かって挨拶をした。
「なんなの~、意味わかんな~い、この鳩~w」と、マリコの第一声は先ずは予想通り。
そして、キヨピコがお決まりの口上を始めた。
「この鳩は、人が人を想った時、このアプリを押すと鳴くんです。でも、ただ鳴くだけで言葉は一切喋らないんです。たった1秒で想いが届けられるんです。しかも一方通行で着信は残らないんです。」と、続けた。
でたでた~!!この台詞を何回聞いたことか、おいらは思わずクックックと鳩笑いをした。
すると、巨体のマリコがを眼光鋭く、でもどこか愛情をもってこう切り返した。
「ますます意味わかんな~い、なに、この鳩~。一方通行っていうのは、ふつう”片想い”のことを言うのよ。なのに、想いが届けられて互いに幸せになれるんですって~w」
マリコの冴えわたるトークに、キヨピコは待っていましたよと言わんばかりのしたり顔で応戦する。おいらは自分の立場も忘れ、またクックックと笑ってしまった。もちろん、目の前でとりあえず男もクスクスと笑っていた。
・・・と、その時、アパートの廊下から、酔っ払い女の陽気な歌声が聞こえてきた。そして、その歌声は次第に大きくなると共に、泣き声のような叫び声に変わっていった。やがて、その女はとりあえず男の家の玄関のドアをドンドンドンと強く叩き始めた。よく聞いていると、その声と声の隙き間から、小さな女の子の蚊の鳴くような泣き声が漏れてきた。
人生いろいろ~、男もいろいろ~、女だ~ってい~ろいろ・・・、
酔っ払い女が歌っているのは、島倉千代子の『人生いろいろ』だった。
そして、その酔っ払い女の悲しきビブラートとは対照的に番組は佳境を迎え、とりあえず男の部屋では、マリコの高らかな笑い声が木霊していた。
「へえHATO通信っていうの、また随分とベタな名前つけたのね~、ああもうベタベタしていやだわあ!」
ド、ドスン・・・、酔っ払い女の微かなうめき声がパタリと途絶えた。
な、なんだなんだ~、これって警察呼ぶのか~、次の瞬間、とりあえず男が立ち上がった。
(続く)
HATO小説部
OQTA HATOの小説をみんなで書き、出版を目指す部活です。
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