-1-
「高橋さん、これプレゼントです。会社の机に置いてください。」
2年後輩のヨシコから、突然ハト時計を渡されたのは5月のことだった。
会社のエレベーターから降りたフロアで、まるで待ち伏せしていたかのように、白いハト時計を持って立っていたのである。
あまりにも突然だったので、数秒間返事に困ったあげく、言葉を絞り出した。
「何、これ」
「だから、プレゼントです」
「最近俺、何かあったっけ」
「何かないと、贈り物しちゃいけないんですか?」
とにかく必ず会社の机に置くようにと念を押して、ヨシコは去って行った。
ヨシコと僕は去年まで同じ営業部だった。全く売れないWebのサービスを人事部に売るべく、東京近郊の大企業、中小企業問わず片っ端から電話をかけ、アポイントを取り、必死に営業していた。自分が売りたいのではなく、会社や環境に売らされていた。
ヨシコとはよく、遅くまで仕事をしたあと、居酒屋で会社のグチを言いながら笑い合う仲だった。恋愛感情かどうかはわからなかったが、自分が一番仲の良い先輩だという“ポジション”を取りたいという気持ちはあったし、他の男と仲良くしているところを見ると面白くない気持ちはあった。その時点で好意はあったのだろうけれど、自分でもはっきりと説明できなかったし、誰かにそんな話をしたこともなかった。
ヨシコはこの春から法務知財部へ異動になり、前のように一緒に仕事をしたり、晩御飯を食べに行ったりすることはなくなった。そんな中の、突然の、ハト時計である。
ひとまず僕は、会社の机にいきなりハト時計を置くと周りから変な視線を浴びそうだったので、家に持ち帰ることにした。一人暮らしの2DKである。ベッドの横の雑然とした棚にハト時計を置き、コンセントにケーブルを差す。赤いランプが何か点滅しているようだったが、そのうち消えた。スマホで時間を確認し、時計をセットする。11時35分。深夜0時になったら鳴くのかな、と、若干緊張しながら、ただ何もせず、スマホを開いたり閉じたりしてそわそわしている。0時になったが、ハトは鳴かなかった。いつ鳴くのだろう。意識すると緊張してしまう。とりあえず、風呂に入り、歯を磨いて寝る支度をした。ハトは一向に鳴かない。もしかして風呂に入ったときに鳴いたのか? いや、こんな中途半端な時間に鳴くわけがない。明日も仕事がハードなのはわかっているので寝ることにした。いつもは1秒で寝ついてしまうのだが、10分ほどハト時計が気になって眠れなかった。
それから5日間、ハトは鳴かなかった。厳密には、家にいなかったときに鳴いたのかもしれないが、鳴いたのを聞くことはなかった。そして6日目の朝、東京にミサイルが落下した。
-2-
去年は楽しかったなあ。
仕事はハードだった。理不尽なこともたくさんあったけど、やりがいはあった。くたくたになるまで働いて、家に帰ったら寝るだけ。年頃の女子なのに、と思うこともときどきあった。同年代の他の子はどんな生活をしてるんだろう。他の会社で働いている女子も、今どきはみんなこうなんだろうか。
でも、悪い生活ではなかった。特に楽しみだったのは、ときどき高橋さんと行く居酒屋だった。唐揚げ、おいしかったなあ。話も楽しかった。会社の上司や取引先の愚痴ばっかりで、何時間でも笑っていられた。
だけど私は、異動希望を出して、法務知財部へ移った。
変わった鳩時計の商品を知ったのは、深夜のテレ東のよくわからない番組でだったと思う。私はすぐにその鳩時計を買った。今流行りの「クラウドファウンディング」みたいなやつだったかもしれない、ちょっと怪しいサイトだったけど、ぽちっとした。数か月後に商品は届いた。それを高橋さんに持っていった。
HATO小説部
OQTA HATOの小説をみんなで書き、出版を目指す部活です。
0コメント