パーティー (ビッケ)

母の元に一台の鳩時計。妹が持ってきて取り付けた。台所とダイニングを仕切るカウンターテーブルの上。

仕事から帰ると 家族みんなが集まって、パーティーが始まっていた。いつもは母と二人暮らしのこの家。がらんと広く感じるのに、今日は賑やかだ。子どもたちは走り回り、大人たちは酒を片手に昔話に花を咲かせていた。

従姉妹の香理ちゃんは40歳を過ぎた今も綺麗だ。子どもたちはしばらく会わないうちに随分大きくなった。昔は痩せっぽっちだった妹は またぽっちゃりしたようだが、ツヤのある顔からは健康だという事がよくわかる。

妹夫婦はとても仲がよい。人前でも平気で口喧嘩をしたり、じゃれあったり。今日もちょっとやりあったんだろう。妹の目が少し赤らんでいる。昔から 泣いた後は どんなに隠してもわかってしまう。義弟は 妹を気遣っているようだ。喧嘩しても その後こんな風に接することができるなら夫婦喧嘩も悪くない。独身の私から見たら羨ましい限りだ。

出張が多く留守がちな私に代わって、仕事先からでも ちょくちょく母の様子を見にきてくれる義弟には 感謝しかない。妹はいい男性を選んだもんだ。

「菜津も若いうちに結婚して子どもでもいたら 違った人生になっただろうにね。」また母の愚痴が始まった。今日はいつになく湿っぽい。ため息までつきながら そんなことを言われても、私、今のままで充分幸せだし、それに まだまだ結婚も諦めてないし、子どもの事だって、、、。

弟の陽樹が遅れてやってきた。遅刻の常習犯だ。母に挨拶をした後、「お姉ちゃん ただいま。」いつも通り こちらも見ずにぼそっとつぶやく。それ、挨拶違うやろ。ちゃんと目を見て言わんかい!と喝を入れたいところだけど、場の空気を壊すのが嫌で 今日は言わずにおくことにした。

「ポッポー。」

カウンターテーブルに置いた時計の鳩が鳴いた。妹の説明を聞くや否や、子どもたちが競い合って鳴らし出したのだ。スマホのアプリのボタンを押すと鳩が鳴く仕組みになっているらしい。子どもたちはこういう事には慣れっこで すぐ使いこなす。アプリのインストールをやっと済ませた大人たちは子どもたちより一歩遅れて 鳩鳴らし大会に参加した。

この鳩時計を鳴らせるのは8人までらしい。妹が設定に母のスマホを使ったから 自分に贈られた鳩時計なのに 鳩を鳴らせる8人のうち最初のひとりが母になってしまった。と、いう事はあと7人しか登録できない。こうなると席取り合戦だ。妹、義弟、香理ちゃん、弟、それに3人の子どもたちにボタンを占領され、母と一緒に暮らしてる私は聞く専門になるのか?と ちょっとがっかりしかけていると、妹が 「お姉ちゃんのスマホで設定し直そう。そしたらお姉ちゃんも鳴らせるもんね。」と やり直してくれた。

巣から飛び出て、「ポッポー。」と鳴く鳩を見て 嬉しそうな母。賑やかなパーティーももうすぐ終わる。お開きの後は 普段よりもなおさら寂しく思えるものだが、今回はこの鳩時計があるから いつもとはちょっと違うかもしれない。頼んだよ、ハトくん。母の事を寂しがらせないように頑張ってね。私もちょくちょく鳴らすから。

おばあちゃんに、誰が一番たくさんハトを鳴らすかを競い合ってた子どもたちのひとりが こっちに寄ってきて小声で、「私は 菜津ちゃんに鳴らすからね。」と言った。仁香のこと、赤ちゃんの頃から可愛がってきた甲斐があるなぁ。私の胸はくすぐったいような暖かさでいっぱいになった。「ありがとう、仁香。でも、おばあちゃんにいっぱい押してあげてね。」私にそう言われて、仁香は少し悲しそうな顔をした。

料理やお酒の後片付けを済ませて妹たちは帰っていった。みんなを見送った後、母は少し涙ぐんでいた。みんなが帰ってしまってやっぱり寂しいのだろうか。

母が独り言ちた。

「今までは みんなが帰っても 菜津ちゃんがいたのに。もういない。ひとりぼっちになっちゃったんだな。」

私の中で 何かが割れ崩れた。

忘れていた記憶が蘇った。

出張先、仕事を終えてホテルへの道、青信号を見て歩き出した横断歩道、対向車線の車が右折して来た。スピードも緩めずに。最後に見た風景はフラッシュを焚いた瞬間のように眩しい車のヘッドライトだった。

「ポッポー。」

「ポッポー。」

しょんぼりしていた母の顔に一気に赤みがさした。家にひとり残された母の事を思い、誰かがボタンを押したのだ。

しばらく鳩時計を見つめた後、ふふふと笑うと、母は玄関の戸締りをするために立ち上がった。




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HATO小説部

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