HERO(菊池)

ほんの束の間

絶望の淵から這い上がる感動映画の主人公にでもなったかのような心地がした


高架下の耳をつんざくような音と 

容赦なく襲い掛かる うだるような暑さによって思い知らされる

この自分が今確かに生きているという事実を恨む

これが映画だとしたら

心揺さぶるストーリーの序章に違いない

いや そう信じたい


20年もの間

語るには及ばない自分史の大半を費やした「会社」という無慈悲な伴侶に

三行半を突き付けられたのは 遠い過去のように思える

わずか1時間ほど前の出来事なのに


少し先の未来でも覗くことができるのであれば

明日俺が家族の前でどんな顔を見せているのか覗いてみたい

あの無垢で無邪気な娘の笑顔が

こんなにも 俺の胸を絞めつけようとは 人生は残酷である

ましてや 妻の第一声など想像におよばない


発言を訂正させていただく

未来は覗けなくとも 過去にタイムスリップできたほうがいい

結婚に踏み切ろうとする俺を 全力で阻止するんだ

ああ 娘という天使を授かるにも キモチイイ思いしかしなかったら

こうして天罰が下るようにできているんだ人生は・・・


自分自身が絵に描いたような小さな男であることを再確認できたとき

すでに マンションを前にして たたずんでいた 


もう後戻りはできない


「帰るよ」


力ない指先が 血の通わない無機質な画面に2度ほど触れる


後世に語り継がれる英雄のストーリーの幕が開けた

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HATO小説部

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